富猫堂

吉祥寺・井の頭公園にあるネルドリップ珈琲の店 トムネコゴ の店主のブログ

『night and day』

女が逃げ、男が追う。

女は身を引き、男は身を寄せる。
男は誘い、手を差し伸べ、引き寄せようとする。
女は抗い、身を振り、離れようとする。
でもそこに力は入っていない。
女は、ただ“フリ”をしているだけ。

夜の気配は二人に味方している。
誰もいないと言う事は、心置きなく愛を語れると言う事。
それは言葉でではなく、仕草で。
二人はそうやって伝え合う。
それから、夜に溶け込む。

やがて男が女を捉える。
差し伸べた手に、もう一つの手が重なる。
それを引き、抱き寄せ、リズムに乗る。
身を揺らし、頬を重ね、ダンスする。
それはずっと昔から行われている事。
そこに男がいて、女がいる限り。

男はフレッド・アステア
女はジンジャー・ロジャース
曲は、『ナイト・アンド・デイ(夜も昼も)』。

“夜も昼も、想うのはあなたの事だけ”
男がリードし、女がついて行く
“月の下にいても、太陽の下にいても”
軽やかなステップ、流れるフォルム
“近くにいても、遠くにいても”
羽の様に軽く、鳥の様に自由に
“たとえ何処にいようとも”
まるで重力なんか無いかの様に
“考えるのはあなたの事だけ”
タップし、ターンし、ジャンプする…
“夜も昼も”

 

 それは夏の午後、私達は閉め切った部屋の中で、その古いミュージカル映画を観ていた。
やがてエンドロールが流れ、画面が白くなる。窓の外からは、急に蝉の声が聞こえ出す。
午後の光がカーテンの隙間から射し込み、床に小さな“陽だまり”を作っているのが見える。
猫が昼寝をするのにちょうど良い、そんな“陽だまり”。

私はふと思い立って、その“陽だまり”の中に左の手を入れてみる。
そこはほのかに温かく、微かに親密さの様なものが感じられる。
まるでついさっきまで実際に猫が昼寝をしていたかの様な、そんな親密さ。

私はまたふと思い立って、その左手を彼女に差し、良かったら私と踊ってくれませんか?、と言ってみる。
彼女は面食らい、何よそれ、と笑い出す。
私も自分に驚き、何でもない、と笑い出した。 

 

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Fred Astaire and Ginger Rogers