富猫堂

吉祥寺・井の頭公園にあるネルドリップ珈琲の店 トムネコゴ の店主のブログ

『salt peanuts』

店内に客は1人しかいない。

その男性はカウンター席に座り、グラスを傾けながら、時折マスターと短い会話をしている。
どうやら会社帰りのサラリーマンのようで、暗い色合いの無地のスーツと靴、バッグ、それらはまるで制服の様に彼にぴったりと合っている。
そしてその背中からは、孤独や哀愁が感じられる。
あるいはただ疲れているだけなのかもしれない。
僕は入り口近くのテーブル席に着き、そんな光景を見ながら、友人が来るのを待っている。

店内ではモンクの音楽が流れている。
僕が最も敬愛するジャズピアニスト。
“ハイ・プリースト・オブ・バップ(バップの高僧)”
当時(40、50年代)の彼はそう呼ばれていた。
そしてそれは言い得て妙だと、僕は思う。
なぜなら、僕(小僧)は大切な事をモンク(高僧)から教わったと思っているから。
特に自由の在り方について。

友人はいつものように遅れてやって来た。
そしていつものように、その言い訳をしなかった。
彼は席に着くとビールを注文し(僕も同じものを頼んだ)、直ぐに本題に入った。
「メールは読んでくれたか?」
「ああ」
「何か意見はあるか?」
「それを求めているのか?」
彼の表情から力が抜ける。
僕は運ばれて来たグラスに口をつけ、彼は取り出した煙草に火をつける。
「でも感想ならある」
「聞かせてくれ」
「やり方が極端に過ぎるんじゃないか」
彼は少し間を取る。
「それは俺も考えた。すごく考えた。でもいいか、今は極端な事をしないと何事も成すことが出来ないんだ。0か100かなんだ。その“間”じゃダメなんだよ」
今度は僕が間を取る。
「それは何か重要な事を成すには、という意味か?」
「そうだ」
「芸術の分野で?」
「何の分野ででもだよ」
僕はそれについて、しばらく考える。

JBLのスピーカーからは、今はディジー・ガレスピーの音楽が流れている。
それは考え事をするのにうってつけの音楽とはとても呼べない。

「なあ、俺たちの周りにはその“間”のものが溢れているんだ。窒息せんばかりに。そしてそれで結構満足してる。でも本当に重要なことは、0か100で起こっているんだよ。俺はそう思う。そして俺は何とかそこへ行きたい」
「僕にはすごく極端な考えに聞こえる」
「ああ、だから極端な行動に出るんだ」

ディジーのトランペットは僕たちの沈黙を埋める様に鳴り響く。
それは“迷いの無い音の連なり”となって、僕たちの間を埋めていく。

「訊いてもいいか」
「ああ」
「その0か100に行った人間というのは、例えば誰がいるんだ?」
グレン・グールド
「他には?」
セロニアス・モンク
ディジー・ガレスピーは?」
彼はちょっと考える。
「85くらいだな」
「いったいそれのどこが悪い?」
「全然悪くない。彼の音楽は最高だよ」
「異議なし!」

僕たちはディズのためにグラスを上げ、しばし彼の音楽に身を任せる。
曲は『ソルト・ピーナッツ』。
その攻撃的なトランペットのサウンドは、“音の矢”となって僕たちの体に突き刺さる。
それがもたらす痛みは、少しだけ、僕たちの抱える問題を忘れさせてくれる。
“シュビドゥバー・ブ・ビバップ”、僕は小さくそう呟く。

「なあ、1本くれないか」
「お前煙草始めたのか?」
「いや、今から始める」
「…どういう意味だよ」
「極端な行動に出るんだよ」

僕はもう一度呟く。
“シュビドゥバー・ブ・ビバップ”、と。
それはディズの口癖。
それは何処かの国の、魔法の言葉。


おしまい。


少々大袈裟ですが、これで今年(2017年)生誕100周年トリオ、モンクとエラとディズ、それぞれの音楽にまつわる物語、完結です。結果的に三部作となりました。
次はケネディガンジートニー谷、この100周年トリオの三部作を書こうと思っています。
と言うのは、もちろん、冗談ザンスよ。

お付き合いいただき、ありがとうございました。店主 平良

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oop bop sh'bam」dizzy gillespie